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恐怖の代走(完結編) [つかぴょんの実録麻雀小説]

トイレから出てきた無法者は、まっすぐこちらに戻らずに、他の卓にちょっかいを出している。今日はついてねえ、みたいな会話を交わしている様子が、遠くにうかがえた。ついてないのは、こっちのほうだ。心の中で私はそう叫んでいた。

「早く、誰かあがってくれ」その私の満身の願いが天に届いたのか、上家から5000点棒でリーチが刺さった。「おう、5倍のリーチだ、ケケケ」「おい、若いの、両替してくれ」上家は、5000点棒を私に投げてよこした。たのむから余計な仕事を増やさないでくれ。内心イライラしていたが、速やかに両替をして、ツモ山に手をのばしかけた、そのとき。。

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おう、振りこんでないだろうなあ?

 と私の背後より、声がかかる。「きたーーー」奴が帰ってきた。背後に修羅の気配を感じる。「もうその局はおまえにまかせた、振るなよ」念を押し、無法者は私の背後の小さな椅子にドカッと座った。

私の手牌は 東東東ポンの ①③③③234七七 マンズの七七の部分を右手で力強く隠していたので、後ろから観ている無法者は、①③③③234七八九の聴牌と思っているはずだ。だから、②や①が出たり、②や①をツモッたりすることが一番困る。「何であがらないんだ!殺すぞ」となるに決まっている。まあ、あがらない、じゃなくて、あがれない、なんですけどね、小牌だから。ここで持ってきて欲しいのはダークドラゴンクラスの危険牌だ。「あ、これはもう、代走なら切るわけないよね、みたいな牌。祈るようにツモ山へ手をのばす。ツモ牌が、後ろから見えぬよう、ぐりぐり盲牌する。もし、その牌が①や②だったら、ふせたまま、上家のリーチの現物である4ソウを抜き打つつもりだった。盲牌した感じでは、縦に線がいっぱい入ってる。なんだっけ?これ?。六ソウかな?と思って開くと、9ソウだった。

ちなみに私は、盲牌もへたくそである。リーチ者の河には、4.5巡目に8ソウ7ソウが逆切りしてある。手出しとか、ツモ切りとか全然見ていないので、捨て牌読みの根拠にはならないけれど、4ソウも切れているし、9ソウはいかにも安牌チック、とおりそうだ。だがしかし、聴牌を壊すチャンスは今しかない。千載一遇のチャンス。

私は、後ろの無法者の良く見えるように、ツモッてきた9ソウを手牌の左側に留め、「この9ソウを持ってきたから降りるんだ、良く見とけ」とばかりにリーチの現物の4ソウを抜き打った。絶対に振るな!、というご主人の言いつけを忠実に守る形となったのだ。「一発ツモ、6000オール」12345678②③④⑤⑤ 3ツモ。ドラを大切にした為、面子過多のソーズの上を払ったのだろう。リーチ一発ツモピンフドラドラ。9ソウを切っていたら、18000点。18000発位は殴られていただろう。いろいろな意味で、即死はまぬがれなかったと思われる。6000点を点ハコから、、一発のご祝儀2000円を無法者のカゴから払い、9枚の手牌を全力で全自動卓の開口部に叩き込んだ。証拠隠滅。助かった。

奇跡の生還。生きてるってすばらしい。

無法者と交代すべく席を立つ私に、声がかかった。

おう。若いの。よく9ソウ止めたなあ。たいしたもんだ。

無法者は私を褒め「、なんか、食え。」と1000円札を手渡した。「ええ、小牌ですから」なんて、答えるわけにはいかないので、軽く会釈をして、「バイトにいきます」と雀荘を離れた。その1000円はなんだかものすごくくだらないことに使った記憶がある。また、チョロチョロその雀荘に顔をだして、常連達から「あの時小牌していただろう?」なんて言われたら、目も当てられないので、2.3ヶ月は店には近づかないようにした。

今でも、思い出し、考える。あの時の私の小牌は既にバレていたのではないか、などと。今でも小牌の夢は寒い日なんかに良く見る。まったく持って忌まわしい記憶だ。でもね、よくよく考えると、悪いのはどう考えても、私である。今、この場を借りて謝罪します。小牌してごめんなさい。  END

つかぴょんさんありがとうございました。<(_ _)>

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恐怖の代走その1 [つかぴょんの実録麻雀小説]

恐ろしい恐怖体験というのは、何十年たっても鮮明に覚えているものだ。今でも、たまに夢でうなされることがある。そう、あれは大学2年の頃、やはり世はバブルの絶頂期だった。

とある雀荘。セット打ちの一般の学生達からは、その雀荘は恐れられていた。オーナーは学生思いの本当に優しい面倒見の良い人だったけれど、一部の客層とレートが、かなり危険な雰囲気を醸し出していたからだろう。開店当初は点5の卓も立っていた。だが、日本経済の好景気に影響を受け、店内の麻雀のレートもとてつもなく景気がよくなり、もう自分の軍資金では参戦できなくなっていた。ピンのワン・スリー前出し千円一発ウラ祝儀千円。それが最低レートだったように思う。前出しというのは、トップ賞の前出しの意味らしく、対局前におのおの1000円ずつ出し、トップが総どりする、というルールだ。

 けれど、私はその雀荘が大好きだった。私の仲の良い友人が何人かメンバーをしていたことも理由の一つなのだけれど、何よりも鉄火場な空気が大好きだった。店内を跋扈している熟練の麻雀打ちが対局の観戦を許してくれるし、勝負のアヤなんてものも教えてくれる。本当に極稀に、点5で遊んでくれたりもする。

 「何かの間違いで点5の卓でも立ってないかなあ。」牌に触りたくて仕方のない私は、22:00からコンビニのバイトがあったけれど、夕刻から営業を開始する、その店のドアを開いた。

 賑やかな店内。雰囲気から察するに点5はおろか、点ピンすら怪しい。どうやら200円の卓がメインのようだ。「おう。入るか?」常連さんが気さくに声をかけてくれたのだけれども、そのレートに見合う、雀力も軍資金も度胸も私は持ち合わせていなかった。

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「すいません、勉強させてください」そう断わり、邪魔にならないように店の隅っこに陣取り、友人のメンバーの対局を観戦することにした。リズムのよい押し引きのしっかりした対局を眺めながら、自分には、半荘一回で一万円以上動く麻雀は、無理だな、と改めて感じた。

 30分ぐらい過ぎただろうか?突然、千点500円以上のレートで打っているであろう、店の最深部の卓から、怒鳴り声が響いた。

「はやく、家に帰って10万持って来い!」

見た目も恐ろしければ、性格も恐ろしいその声の持ち主は、麻雀の種銭を、となりにいた奥さんに取りに帰るように命じた。

 ずいぶんと負けが込んでいるのだろうか?その男がとてつもなくイライラしている様子が、見なくても痛いくらい伝わってくる。私は、絶対の関わり合いにならないよう、努めてその男の方を見ないよう気をつけていた。が、しかし。また、その男の怒声が店内に響き渡る。

「おい!代走だ!おい!早くしろ!」

お酒が入っているせいか、その男は半荘の局の途中、しかも親番の前に、いきなり代走を要求した。嫌な予感がした。店内は、運悪くメンバー全入り。その男の奥さんもお金を取りに店を離れているため、店内で空いているのは、私だけである。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。麻雀牌には触りたいけれど、あの男の代走はご免こうむる。しかも、超高レート。冗談ではない。しかし、無情にも必然的に私に声がかかった。

「おい!そこの若いの!暇だろう?ちょっと代走してくれ。便所だ」

バイトがあるから無理だと、断わる私。だが、「バイトなんか、行かなくていい。おい。ちょっと、代走しろ!」と返してくる。なるほど、強烈に理不尽である。さすが無法者だ。店内に不穏な空気が漂ってきたので、やむえず、代走を引き受ける私。その無法な男は、「もう30万負けてる。おまえ、絶対振るなよ?」そう私に吐き捨てトイレによたよたと向かった。

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「ええええええ。どんなレートで打ってるんだ・・?・・?」

夕方開店だから、まだ半荘3.4.回位しか打っていない筈だ。殺される。振り込んだりしたら、間違いなく殺される。点棒が減ったら、私の寿命も同じ位減るであろうことは、容易に想像できた。対局者の横のカゴには、一万円札のズクが無造作に放り込んである。 万札ばかりだ。もしかして、デカピン?困惑している私に同卓者から「はやく切りなよ」と声がかかる。ガタガタ震えながら、配牌から一枚切り出す私。クラクラしながら、冷静に手牌を見ると、東が二枚ある。よし、こいつを安牌にしよう。よく見ると、北や、発なんていういかした牌もいる。よし。牌を握ると気持ちも落ち着いてきた。要するに振り込まなければいい。トイレ代走なんて、いいところ一局だ。配牌からオリていれば、一局振らずにいなすことなんて、造作もないはずだ。東2局南家。ドラは⑤ね。よしよし一枚もないぞ。これなら、アガリに向かう理由もない。おとなしく、あの無法者の帰還を待つとしよう。そう決めると、安牌を貯め気味に模打を繰り返した。

3.4巡くらいして、私は強烈な違和感に襲われた。ん。ん。なんか、いつもと違う。何か手牌、短い気がするにゃあ。気のせいかなあ。あれ?なんで、俺、南家なのに、上ツモなんだろう?ひいふうみい。ひいふぃう。・・あれ??あれ?12枚しかない。13枚あるはずの手牌が、12枚。

ええええええええええええ!!・・・?・?小牌! 

やっちまった。代走に入ったとき、ツモらずに切ったんだ。ばかばかばかばかばかばか!とりぷるばか!!!俺のばか!果てしないばか!どうしよう。このままだと、上ツモ下ツモの異変に対局者が気付き、私の小牌がばれてしまう。なんとかしないと。大変だ。とにかくツモ順を変えてごまかせ。緊急事態である。私は、安牌の最有力候補であったはずの東をポンして、9枚の手牌で構え、うまいことツモ順をずらした。常連であるところの対局者から「代走がしかけるか?」との誹りを受ける。だが、こちらはそれどころではない。小牌がバレないように、自転車のハンドルを握るように9枚の手牌の両端を押さえ平静を装う私。しかしながら、あの無法者が戻ってきたとき、東を仕掛けておきながら手牌バラバラなどという、ふざけたことになっていたら、それはそれでもちろん、ただではすまないだろう。アガリに向かったけれど、危険牌を掴んでおりました、という感じが一番良い。そう思い、少し聴牌を意識して牌を集める私。いつしか手牌は9枚なのに、イーシャンテンのような形になっていた。まあ、永遠に聴牌は不可能だけどね。

小牌だから。①③③③234七七。東ポン。どうすれば聴牌できるのか教えて欲しいものだ。安牌チックな牌は①位しかない。トイレのドアをチラ見する私。無法者よ。頼むからまだ出てこないでくれ。てゆうか、早く誰かあがってくれ。もうこうなったら一枚位拾っちまうか?もういっそのこと、おまわりさん呼ぶか?賭博行為で検挙。あ、俺も捕まるなあ。そうしたら、やっぱり退学になるかなあ?もう、本当にいろいろな思惟が脳裏をよぎる。わずか数分間のことなのだろうけれど、私にとっては、無限の時のように感じられた。

 しかし、残念ながら、トイレのドアが開いた。無法者のご帰還である。         つづく

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つかぴょんさん実体験投稿第2弾。続きは私にもわかりません(-_-;)
私は同じように代走頼まれた時、逆に多牌した事があります…。その時は簡単でしたね、太ももの下に押し込んで知らんプリして打ってました。

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お知らせ

今週のTSUKASA会は土日でやってます。ふらりと1人でおいで下さい!

br_c_1404_1.gif←ポチしてね[揺れるハート]   浜松のSさん、K君。8日にそちらに行きます。ヨロシク!

雀ゴロへの挑戦【完結編】 [つかぴょんの実録麻雀小説]

三回目の半荘が始まった。配牌を開く。案の定、カンチャンだらけのひどい13枚だ。ドラの一つもありはしない。聴牌すら望めそうにない。

私は、穴だらけの牌姿を見つめながらも、落胆せず、ひたすら食い仕掛けることに決めた。出るポン、見るチー。カン3や、カン7を食い仕掛けての3900点や2000点 いや、1000点でもかまわない。とにかくあがりが必要だと思った。

役牌とタンヤオの両天秤でいこう。その半荘はほとんどタンヤオ仕掛け、7枚以下の手牌で戦っていた記憶がある。4センチの爆弾だ。私が食い仕掛けると雀ゴロは

「よう、鳴くのう、にいちゃん?慌てる〇〇は貰いがすくないでええ?んん?」

と、もう、お約束の台詞。食い仕掛けの成果があってか、結果は少ない払いの3着。面前で局面を押さえつけるようなそんな手牌は入らなかったけれど、これまでの、半荘よりもよい内容だ。

「さあ、次いこうや」 四回目の半荘が始まろうとしている。先ほどから、私の頭に瑣末な疑問が浮かんでいた。「何故、こんなに鳴けるんだ?」相手はすくなくとも雀ゴロ。中張牌の一枚や2枚、抑えることは容易なはずだ。役牌は鳴けないのに、中張牌ばかり、こんなに鳴けるのはおかしい。そう、感じながらも、早い仕掛けで局を回す私。そして、流局時にある違和感に感じた。そして、全員の捨牌を眺め、その違和感の正体を理解した。4や、6の数字が、河に飛びすぎている。

そうか、この魔界ルールだと、値段の高い、ジュンチャンやイッツーを注視するあまり自然と123や、789での牌姿構成となるのだ。確かにこのルールでは、鳴きタンヤオに魅力がない。が、。しかし。・・ 私は、対局の途中ではあったのだけれど、しっかりした口調で店員に尋ねた。

「フリテン片あがりは、リーチだけですか?」

店員は答える。「そんなことはないですよ。」

私が、確認の意味も込めて「クイタンの片あがりも有りなんですね?」と返すと、店員は頷いた。

よし、きた。百人力だ。対局者の3人からこぼれだす、4から6の中張牌を鳴きまくっていこう。自分のツモが4倍になったようなものだ。界王拳4倍だ。ドラクエで例えるなら、バイキルトだ。これは、相当な効果があるはずだ。それからも、あえて大きな声で、鳴きまくりに鳴きまくり、これでもかというくらい鳴きまくり、他家の赤牌やドラを食い取り4回目の半荘はトップを手中に収めた。

5回目の半荘も、食い仕掛けていった。上家の雀ゴロの第1打をチー。しかもあろうことか両面ターツをチー。

「にいちゃん。ええかげんにせいや?麻雀は面前が基本やで?なんでもかんでも本当によく鳴くのう、そんなんじゃ、麻雀強くならんで?んー?」

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軽口を叩く雀ゴロ。私は、愛想笑いを浮かべ、それでも、食い仕掛けを止めるつもりはなかった。なんでもかんでも鳴いている、のではない。あなたたち(雀ゴロ)を、少しでも苦しめる為、食い仕掛け続けているのだ。13枚面前の厚い麻雀では、私に勝ち目はない。けれど、4枚や、7枚のスピード麻雀でなら、なんとかなるかも知れない。麻雀はたった1000点のあがりでも、他家の満貫や跳満を潰すことができる。あがってなんぼだ。

麻雀というのは、不思議なもので、状態がよくなると、鳴くよりも先に必要な牌をツモってくるようになる。

5回目の半荘の南場の親。今でも本当によく覚えている。2456 ②③④⑧⑧二三三四の13枚。ドラは、赤三と三。赤三がダブルドラとなっている形だ。鳴く間もなく、面前でこのイーシャンテンになった。四や赤3がでれば、それでも、食い仕掛けるつもりだった。ツモ山に手を伸ばす。ツモッた牌は、赤3ソウ。赤牌特有のポッチを盲牌で確認して、三切り、ドラ切りリーチだ。予想以上の好感触なツモ。これは、ツモれる。もちろん、安め1ソウが出ても和了る。 

「ドラ切りリーチか?ああん?景気がええのう?にいちゃん?」私が、何をどうしたところで、何かしら雀ゴロは感想を述べてくれる。予想通り、というとおごがましいが、4ソウを一発でツモることができた。8000オール。ご祝儀をあわせて、半荘2回分のトップくらいのお金がかえってきた。

そのあと、結局2半荘ほど打って、卓割れとなり、店を離れた。結局、魔界ルールの恩恵を受けた和了は、わたしには訪れなかった。だが、入店時には、1000円札30枚だった私の所持金は、1万円札2枚と、千円札11枚に姿を変えていた。プラス1000円。勝っているとは夢にも思わなかった。運がよかったのだ。心地よい疲労が体を包む。苦しかったけど楽しかった。雀ゴロと打つのって楽しいな。あの死力を尽くす感じがよい。今回はうまく裏をかけた形となったけれど、次はこうはいかないだろう。最安レート千点100円で、この苦しさだ。もっと高いレートの卓には、どのようなツワモノがいるのだろうか?おそらく私の所持金と雀力では、1局すら持たないだろう。今日戦った雀ゴロは、ドラクエで例えるなら、ゴーレムくらいの強さはあったと思う。きっと竜王クラスの雀ゴロも居るのだろうなあ。(当時は私はドラクエにはまっていたので、全てドラクエに例えてしまうのは、やむなしだ。)

そんなふう考えながら、閉店間際となった下のてんぷら屋で、えびの2匹のったてんぷら定食の大を注文し、今夜の仲間達との麻雀に向けてのエネルギーを補充とした。

 麻雀にとりつかれていた、まだまだ若い頃のお話である。

私が、竜王クラスの麻雀打ちとの運命の出会いは、それからまた、10年後のこととなる。

ちなみに、友人に確認したところ、この雀荘は現在でも変わらぬルールで、営業を続けているそうだ。

br_c_1404_1.gif←本当の雀ゴロはこちら

雀ゴロへの挑戦2 [つかぴょんの実録麻雀小説]

 次の半荘が始まる前に、トイレ休憩、小休止となった。

私は気持ちを落ち着かせいろいろ考えていた。先ほどの、フリテン片あがりはまさに驚愕だったが、あれは最終形がどうあれ、普通に打っていてもリーヅモドラドラ12000のあがりだ。

例え、片あがりが可能だとしても、一度つもあがった手をフリテンリーチに受ける局面はそうそうないだろう。それは、結構リスキーな選択なはずだ。フリー麻雀は、きれいな手をつくることが目的ではない。どんな愚形だろうが、あがればよい。一発ウラのチップなどのご祝儀も勘案して、結局の所1円でも多くのお金を持って帰ることができれば、それで良いのだ。

仲間内の麻雀とは目的が違う。あのチャンタ三色を手役に惚れてフリテンリーチを打つなど、愚の骨頂だ。それをいくらフリテン片あがりルールがあるからといっても、それは麻雀を舐めている。下のチャンタ三色を意識するのなら、序盤に④を切り飛ばしておけばよいだけの話だ。

手なりで打っていて、気がつくとチャンタ三色になっていた、もったいないからフリテンリーチを打った。そんな意思のない麻雀。ツモあがりより、ロンあがりを重視した麻雀なのだろう。「こいつら、たいしたことないな」とそう感じた。ただ、先ほどの①ピンの振込みでその卓の格付けが決まってしまった。むしろたいしたことないのは、私のほう。残念ながらにカモと思われてしまっていることは、容易に想像できた。

濡れた手をズボンで拭きながら、トイレから雀ゴロがでてきた。先ほど私をぶっとばしてくれだ御仁である。その雀ゴロは意気揚々と卓につき

「ようし、次いくぞ!兄ちゃん、今度は飛ぶなよお?ああん?」
そう吐き捨てながらサイコロを振った。

「余計なお世話だ。今にみてろ。飛ぶのは貴様のほうだ。」

そう思いつつ、とても好配牌とは言い難い東1局の13枚に視線を落とした。とにもかくにも牌勢も気持ちもバランスを崩したまま、2度目の半荘がスタートした。とにかく防戦に終始しながら、手牌に形が入るのを待ち続ける私。今は辛抱だ。東の親も手にならず、ツモられ点棒を減らされ赤ドラにも見放され、南場突入時には、16000点くらいしかなかった記憶がある。(20年以上も前なので詳細は定かではないのだけれど)そんな、南場の1局か、2局目、これまた最後の親番を迎える前に、またしても事件が起こった。

「チー」くぐもった声で、かったるそうに吐き捨てて、親番の対面は上家の捨てた②ピンをフーロする。下の三色をおもわせる、カン②ピンとペン7ソウのチーが2つ晒されている。赤牌が三環帯に入っているので、下の三色には常に注意が必要だ。8ソウがドラなので、チャンタ三色ドラドラ。親満コース。キー牌をうまく鳴けた形の2フーロである。ソーズやマンズの下はもう切れない。聴牌気配もバリバリだ。ツモ山に手を伸ばすイーシャンテンの私。ツモ牌は「2ソウ」・・。「こいつは切れない」。よしんば通ったとしても、こんな牌を切ると舐められる。これ以上奴らの風下に立つのはごめんだ。2ソウを手の内にしまいこみ、5ソウを切り出す私。345のターツを234に変化させた手格好だ。「よし、なんとかうけきってみせるぞ」賢明な選択なはずだ。 だが・・・・。  
 「ロン!ぬるいのう、兄ちゃん。イッツー赤ドラ、親満州じゃい!」

12346789⑧⑧①②③.カン5ソウ待ち。赤3ソウを使ったチャンタチックな一通である。不ヅキなときにありがちな振込みである。「やられた!」驚きと動揺を隠せない私。

ん・・・ん・・・・?ん!イッツー赤ドラ・・。え?5800点じゃない?

誤申告にもほどがあるぞ、ふざけやがって。物申す私。店員のほうを向いて口を開く。(雀ゴロ怖いからね)「イッツードラドラ、ゴッパですよね?」すると、また雀ゴロが返してきやがった。

「にいちゃん?この店じゃあ、イッツーは三ハン役なんや。鳴いて二ハン、面前で三ハンや。はよ、12000払いないや?」

 

えええええええ?何じゃそりゃ。i今作っただろう?魔界のルールか何かですか?うおお、これはいかん。非常にまずい。他にも出鱈目なルールがあるかも知れない。もう格好をつけている場合ではない。私は対局を中座してもらい店員に詳細ルールの説明を求めた。

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特殊なルールは以下のとおり。①フリテン片あがり有りイッツーチャンタは3ハン、ジュンチャンは4ハン。(それぞれ鳴くと一ハン下がる)③東と南の両方をアンコウ、もしくはミンコウにしてあがると500円のご祝儀(店の名前にちなんで)④メンホンチートイは小車輪扱いで6ハン
なるほど、先の半荘で私がふっとばされた親倍、あれ、もう1ハンあればトリプルだったのね。

むうううう。結局2度目の半荘は飛ばずにすんだものの、ダンラス。半荘2回で、9000円近く溶けている。最初に予定していた金額10000円に、わずか半荘2回でほぼ到達してしまった。博打の麻雀は溶け出すと早い。

冷静に考えてみる。状況はどうみても最悪。ラス半コールをして、今日は帰るべきである。取り返すには3回のトップが必要だ。自問自答してみる。勝ち目がないのはもう重々理解できている。だが、なんともやりきれない気持ちが自分の中に残っている。「悔しい。このまま帰れるものか!」カゴの目をやる。まだ2万残っている。

まだ、打てる。雀ゴロどもよ、欲しければ全部くれてやる。もう、ドラクエもパチスロもどうでもよくなっていた。場変えも不要だ、この席で勝ってやる。

「にいちゃん、今度は飛ばんかったなあ?ひひひ、次、いくか?ああん?」

雀ゴロの問いかけに私は無言で頷いた。仲間との暖かいセット麻雀が、とても懐かしく恋しかった。   もう、お金のことは忘れよう。もう、こそこそ小器用に立ち回るのは止めよう。とにかくまっすぐ攻めよう。いつしか、入店時のふわふわした気持ちは完全に消え去っていた。そして、三回目の半荘が始まる。私は「どんな配牌でも仕上げてやる」そう強く念じながら、牌山に手を伸ばした。  つづく

雀ゴロのいるフリーで無謀にもルール説明を拒否したつかぴょんさん。はたして結末は?… 完結編は今週中にUP


注: 町のフリー雀荘→雀ゴロ→怖い→増血してから行く…といった、つまてつの勝手な雀ゴロさんのイメージからの画像です。このお店は実在するそうですが、実際の雀ゴロさんはこのようなワシズチックなイメージでは決してない事を注釈しておきます(-。-)y-゜゜゜
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雀ゴロへの挑戦 [つかぴょんの実録麻雀小説]

「おそるべきフリテン片あがり有りのフリー雀荘」

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 つかぴょんさんの投稿体験記です

今から、20年前、時代はバブルの絶頂期。その頃の私は、仲間打ちの麻雀では勝率もよくなっていて、とにかく強い人間と打ちたい、そう思うようになっていた。仲間で打つ麻雀がつまらない訳ではない。だだ、麻雀を生業としているとはどういうものか興味があったし、なによりそういう人間と打ってみたかった。その日は、深夜23:00から始まる仲間とのセット麻雀まで何の予定もなかった。なんとなくポケットに小金もある。なんとなくふわふわした気持ちで、前から気になっていた「壱萬円持っていれば遊べる」と噂の、その店に昼間から行ってみることにした。

1992年頃、当時はまだ点5の店すらなく、ピンの1.3が最低レートだったように思う。麻雀=ギャンブルという風評で、市内には麻雀クラブや麻雀サロンが乱立していた。市内でも有名な天ぷら屋の2階にあるその店の入り口には、「ピン低レート」○○荘の看板が出ている。「ピン低レート」の意味はよくわからなかったが、「とりあえず、覗いてみよう」、と入店。店員の説明によると、レートは「ピンの0.5・1」、30000点持ちの30000点返し。ゲーム代は500円。なるほど、大きなラスを引かなければ一万円で4回は打てそうだ。と安心して着席。いつも仲間内で打っている麻雀が点5.5.10だから、そんなには変わらない。

同卓者は徹夜麻雀続投中という不健康を絵に描いたような風貌の雀ゴロ2人と、ひょろっとしたメンバーさん。なるほど、負けても得るものがありそうだ。この世で雀ゴロほど、麻雀の強い生物はいないという。勝っても負けても仲間には武勇伝を報告できそうだ。とにかくなめられてはいけないと、ルール説明の詳細も「不要だ」とメンバーに断わり、「こんなもの鼻紙にもならねーぜ!」といったそぶりで、1000円札を10枚づつ纏めたズクを3つほど、サイドテーブルのカゴに放り込み、闘牌開始。実はその三万円は、全財産である。そもそも全て千円札にして持ち歩いている地点で、貧乏人確定である。だが、当時の私は千円札を裸銭で持ち歩くのが、なんとなく無頼っぽくて気に入っていた。とにかく気持ちで相手の風上に立ちたかった。「いろんな店で打ってるけど、今日は安いレートで遊んでやるよ、」と相手に牽制をかけたかった。いっぱいいっぱいの虚勢である。

よし、レートさえわかっていれば怖くはない。大丈夫だ。自分に言い聞かせる。負けたところで、金を払えば、それでOK。なんか予想外にやばい感じにからまれたとしても、今はお昼時。下階の天ぷら屋には人がたくさんいる。いよいよになれば、」大声をあげればいいさ。ちなみにこの3万円は当時学生であった私にとっては、大金である。購入予定のスーパーファミコンのソフト(ドラクエ5)や、パチスロ(当時は7枚交換が主流ニューペガサス大好き)の軍資金も必要なので、1万以上は絶対負けたくないのが本音である。

開局。私が西家スタートで、のらりくらりと自分安牌(自分にしかわからない安牌。②カンコ見えの①ピンなど)をリーチに対して強打したりして、さも「あんたの手牌は透けてるぜ」とばかりにはったりをかまして、振らずあがらずで、南2局一本場まで。25000点近くをなんとかキープしていたのは、今でも覚えている。状態もよくなかったので「次の親番で2,900位をあがって、ぶら下がりの2着でもいいや」なんてセコイことを考えていた。小物である。そんな折、親番の南家から、を手出しの「ちっ、しょうがないのー」の台詞付きリーチ。なにがしょうがないのか理解できなかったが、ようするにやむをえない、窮したリーチということだろうか。しょうがないリーチなんて打たなければいいのに。でも、まあいい、そのまま窮していて欲しいものだ。だいたい、こういう口三味線は雀ゴロにとっては、挨拶のようなものだ。気にしない。気にしない。そう思いながら、状況を鑑みた、打牌選択へ。

20年前なので詳細は覚えてない。親番を控えたこの局の私の目的はとにかく「絶対に振らないこと」。配牌からそれを意識していた為に、手牌は安牌抱え気味のバランスのよい13枚になっている。絶対に振らない選択肢は一つしかない。「場に一枚切れている暗刻持ちの①を切る。」これならチートイもないし、100000パーセント安牌。スジの安牌なんかを手出しで切り出してなめられるのは癪だが、親には絶対に振れないし、親のリーチの現物として河に捨てられている牌で、待ってる他家がいたりしたらそれはそれで、嫌だ。やつらは雀ゴロだ。油断は出来ない。で、とにかくここは①切り。全人類の50億人中50億人がその選択のはずだ。で、①切り。まんまるな①切り。このどこまでも転がっていきそうな①ピンを三枚続けて切ってやる。ざまあみやがれ。

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だが、ざまあみたのは私のほうだった。信じられないことが。リーチ者から声がかかる。「ロン。兄ちゃんスジは危ないでえ」リーチ一発チャンタ三色赤裏。24000は25500.(九州は赤ドラが3環帯、ツモ棒は1500点)

「はいー!?」「だ、だってフリテンじゃないですか?」とメンバーを問い詰める私。雀ゴロに文句をいうのは怖いので、メンバーさんに説明を求める私。すると、雀ゴロがいかにも雀ゴロっぽく口を開く。

「ああ~ん?にーちゃん、この店はリーチフリテン片あがり有りなんや。スジは気をつけんとなあ・・・」

フリテン片あがり。。。ほわい?なんなんすか?ふざけるな。聞いたことないわ!それは、リーチの現物でのロンはできないけど、現物以外の高めの牌が出たときだけロンあがりできるという、一撃必殺の恐ろしいルール。「やられた。こいつらグルか?3万円も見せ金をみせたことが、裏目にでたのか?」とも一瞬考えた。が対局中そんなそぶりはなかった。何が起こったのかよく理解できなかったけれど、ぶらさがりの2着をもくろんでいた私が、親番の前にハコテンになり、低レートの麻雀でありながら、ハンチャン1回で5000円を失ったということだけはまぎれのない事実だった。(とび賞有り)「ルール説明を聞いておくべきだった。」とほんの少しだけ後悔したけれど、同時に、「逆手にとれば、けっこういけるんじゃないか?」なんて、思いながら、ハコテンになったくせに、結構前向きに次のハンチャンへ果敢に挑む20歳の私。自分が①を切らなければ、まっすぐ攻めていれば親番のあがりが存在しなかったことなど、気付きもせずに。若さとは本当に恐ろしいものである。「ルールも理解できたし、次は大きなトップをとろう!」と、その程度にしか考えていなかった。しかし、この店の恐ろしいルールは、フリテン片あがりだけではなかったのだ。         つづく

さて、この後、つかぴょんさんはどーなったのでしょうか?続き書いてね[揺れるハート]

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お知らせ

次の25日(土)は麻将連合(μ:ミュー)厚木道場にお勉強に行って来ます。
定例のTSUKASA会は、また日曜日になると思います。

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今日は11人集まりました。このブログ見て来てくれた方も何人かいます。
本当にうれしかったなあ…。そして今日もとても楽しかったです。
世の中が暗いので、心から笑える時って最近少ないからね[わーい(嬉しい顔)]

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